NIGHTWISH & SONATA ARCTICA The Ties That Bind

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NightwishとSonata Arctica――2つを結ぶ関係(2004年10月)

Story & Pic By Carl Begai

もしあなたがNightwishやSonata Arcticaのファンであったら、この2つのバンドの緊密性に気付いているだろう。ベーシストMarco Hietalaが参加するよりも先に、Sonata ArcticaのシンガーTony Kakkoは地元フィンランドでのNightwishのショーに姿を現して“Beauty And The Beast”を歌った。それ以来Nightwishの創立者でありキーボーディストのTuomas Holopainenは二人のサイド・プロジェクトの話をほのめかし続けている。2004年10月、Nightwishは信じられないほどの成功を収めているアルバム“Once”を携えてツアー中で、Sonata Arcticaもまたアルバム“Reckoning Night”が姿を現し始めている。そしてそのアルバムのリリースにより彼らはNightwishのサポート・アクトとしてツアーに招かれ、プレイすることが明らかになっている。私は8,000人を動員したドイツはNuernbergのショーで彼らを捕まえ、NightwishとSonata Arcticaをつなぐ架け橋であると同時にフィンランドのメタル・シーンの大使でもある両者と話す機会を得ることが出来た。

単なる好奇心だが、二人は知り合ってどれくらいになるのだろう?

Kakko : 「1999年からだね。知り合ったきっかけは音楽だった。初めて会ったのはSpinefarmのオフィスだった。NightwishはHelsinkiのTusuka Festivalを控えてる時で、俺たちは1stシングル“Unopend”のチェックをしていた。一緒に聴いていたんだけど、妙な速度で回り出したもんだから、Tuomasがいつもの優しい口調で言ったんだ、『うわ、これはクールだね』って(笑)俺はその時こいつを既に尊敬の念で見ていた。まぁ、俺たちはこのシングルを市場に送り出さなくてはいけなかったんだけど、倉庫に400枚くらい残ったままだな。eBayで150ユーロくらい行ったんだけどね」(訳注:おそらくプレス・ミスが出回った初回盤の話。詳細は SONATA ARCTICA JAPAN 参照)

Kakkoによれば、一緒にツアーを回るという話の種はこのすぐあとに蒔かれたものらしい。

Kakko : 「このことはずっと話し続けてきたんだ。でもなかなかスケジュールが合わなくて実現しなかった。Nightwishがツアーの時は俺たちはスタジオ、またその逆だったり。でも今回はタイミングがばっちりだったから、『一緒にやろう』と言ってきた。それは『するかしないか』と言う質問ではなかったよ。だが今は何とかやってる、いい感じだ(笑)」

Holopainenと最後に話したのは“Once”がヨーロッパ発売されようという時で、北アメリカでの契約はまだ無かった。そして数ヶ月後にアルバムは世界中でスマッシュ・ヒットになり、バンドに注がれる視線は衰えることを知らなかった。成功はHolopainenを見放さなかった。それでも彼は今までと変わらない落ち着いた話し方をするが、彼の愛情こもった作品に対する反応にとまどいはしなかったのか、不思議に思わざるを得ないのだ。

Holopainen : 「自分自身、一番驚いた人のうちの一人じゃないかな。生まれながらにロック・スターの人はいない。そう言う意味では夢が叶ったというわけではないんだ。一度も夢見たことがなかったからね。それは大きな学習のプロセスで、少しずつ育てていったという感じだ。私たちは様々なことが起こる中で、そこに自分をフィットさせていく必要があった。もちろん楽しんでやっていたことだし、ベストを尽くしてきたけど、仕事という面も大きかった。人間としてはそれほど変わっていないと思うし、イデオロギーだって変わる訳じゃない。でもある意味謙虚になってきたとも言える。成功と言うことが起こり始めたとき、4~5年前のステージは最悪だったけど。しかし手に入れるものが増えるほど地に足が着いたように落ち着いてくるものだ」

ジャーナリストの視点からすると、驚くべきことはNightwishもSonata Arcticaも母国フィンランドで大きな成功を収めているということだ。フィンランドのメタル・シーンは飽和状態に見え(もちろんいいバンドもある)、競争は激しい。それでもNightwishは“Once”リリースから今に至るまでチャートのトップに居座り、Sonata Arcticaの“Reckoning Night”の1stシングル“Don't Say A Word”は2週目にしてチャート2位になっている。

Kakko : 「フィンランドのバンドとして予想せざるを得ないのは……ある意味落ちていくだけだろうってことだ。もしまだ失速してないならね。特にチャート1位になった奴はあとは落ちていくだけ。たとえそれを認めることが出来なくてもね(笑)1位になったことがないなら、まだまだ巨大な市場が残っていると言うことだけど」

Holopainen : 「ここ4~5年の間フィンランドで起こっているのは、言わばメタル現象だよ。Stratovarius、Sonata Arctica、Children of Bodomのようなメタル・バンドはみな常にチャートTOP10に入ると思われている。他のどの国でもこんなことは起こりえないと思う。でもこういうメランコリックな音楽には自分たちの血が流れていて、だから自然なことだと思えるし、こういう音楽を素晴らしいと思える理由でもある」

Holopainenにとって母国のマーケットも重要だろうが、北アメリカでのバンドの成功は彼にとってより大きな勝利を意味するのではないだろうか。最近行われたアメリカ・ツアーについて議論する中で、その考えが正しいことが分かった。

Holopainen : 「とても素晴らしい体験だった。ツアーとしては初めてのアメリカ公演だったけど、ヘッドライナーとしてツアーすることが出来た。会場はどこも600~1500人を動員した。その時“Once”はまだリリースされていなかったけど、インターネットや輸入盤市場のおかげでみんな一緒に歌ってくれた。アメリカ市場には完全に失望していたけど、いくらか希望が戻ってきたよ。過去のアルバムでは何も起こらなかった。全くと言っていいほど売れなかった。だがそれも“Once”で変わって、とても素晴らしい感じになっている」

Sonata Arcticaはアメリカでは大きな存在ではないが、ヨーロッパや日本ではとてもうまくいっている。蛇足ではあるが、今のNightwishは日本に門前払いされているような状況である。さて、私はKakkoに毎晩数千人のNightwishファンを前にプレイする状況について訊いてみた。バンドの音楽性は全く違うため、タフな状況なのではないか。Kakkoはそれを認めた。

Kakko : 「確かにオーディエンスの支持を勝ち取ろうとすればタフな状況だ。『何だコイツら』みたいな人が多いからね。それでもステージに出て行って楽しませる。Nightwishファンが楽しめるようにスローな曲を増やしたりして、もっと別の面を見てもらう。Nightwishを見に来た人ばかりという状況にイライラすることもあるけどね」

Holopainen : 「そうはいっても、両方のファンも多いよ。みんなフィンランドのメタル・シーン全体にのめり込んでる。Sonata ArcticaにもNightwishにも惹かれているよ」

確かにそうだ。だが“Once”、とりわけNemoという曲への圧倒的な反響が現在のNightwishマニアを形作っているのだ。新しいNightwishファンのどれ位が過去に4枚のアルバムを出していることを知っていよう? Slaying The Dreamwer、Dark Chest Of Wonders、Wishmasterと言った曲が演奏されている間、壁際で眺めていたロック・ラジオ/ビデオ・キッズを、少数ではあるが見たことがある。

Holopainen : 「別の日だったけど、そう言う状況について実際に考えたことがある。Nemoは今までにない反響を得た曲だったからね。でもNightwishにこれだけの人を集まらせる力があったのがこの曲だけだったとは思えない。今の成功は数年間かけて築き上げたものだし、カルトな支持者でもない。Nemoでは単にバンドに対する関心が増えただけだと思う」

Kakko : 「Mr. Bigに起こったようなことが想像されるね。彼らは成功したが、みんなが知っているのはバラードやスロー・ナンバーだった。そこへ演奏し始めるのがAddicted To That Rushとかだよ。『なんだこりゃ!? 』って思っただろうよ」

Holopainen : 「それが問題とは思ってないよ! 自分たちを一発屋だとは思ったことがないからね」

次は日本について。日本は伝統的にフィンランドのメタル・バンドに寛容だった。だがNightwishのセールスも“Once”からかなり増えてはいるが、Sonata Arcticaの成功とは比べるべくもない。Holopainenが明かす。

Holopainen : 「日本は私たちにとって信じられないほど困難な市場だよ。今までずっとね。それでも前のアルバムの倍は売れているけど、今のところ12,000枚程度だ。もっと売れる余地はあると思うんだけど、ライブの機会がもっとあればいいのか、男性ボーカルをもっと入れればいいのか、あるいはもっとギターがあればいいのか、おそらくその辺りが足りないのかも知れない。正確なところは全く分からないけどね。フィンランドの他のバンドに比べても日本のマーケットが非常に困難な市場であることは確かだ。マーケット自体はまともなんだけどね」

Kakko : 「ライブとかをやれば支持を得られると思うよ。サイン会とかやりなよ。みんな恋に落ちるさ」

ではSonata Arcticaはデビュー・アルバム発売の時から日本でライブを行っていたからこれほどの人気があるのか? Nightwishと比較しても意味のないことだが……。

Kakko : 「いや、すべては日本でプレイするずっと前から起こっていた。1stアルバムは日本へ行くまでに既に30,000枚が売れていた。理解しがたいほどの奇妙なことが日本では起こっていたよ。ショーのために日本へ行くと、俺たちを宣伝する巨大な看板があって『救世主現る!』とかなんとか書いてあっよ(笑)ほんとに不思議なことだったね」

このインタビューの時点でNightwishとSonata Arcticaは既に2週間のツアーをともにしてきていて、その後はそれぞれ別の道へ進むことになる。HolopainenとKakkoは今でも親友に見えるが、どれほど相手のことを知ってるのだろうか。

Holopainen : 「それどころか1日1回ハグされてるよ(笑)」

Kakko : 「その通りだよ」

Holopainen : 「いや、私たちはとても仲がいいし、Sonata Arctica関係なしにいい関係だよ。とても素晴らしいことだ。これはシークレットな話ではないんだけど、もしMarcoが見つからなかったらきっとTonyがアルバムで歌声を披露してくれたはずだ。TarjaもCreek Mary's BloodとかでTonyにステージへエスコートしてもらいたがっていた。ひょっとしたらダンス・ナンバーだったかも(笑)そういうこともあって、この2つのバンドは非常に強い絆で結ばれているんだ。」

話はソング・ライティングについての話題へ変わる。HolopainenとKakkoはそれぞれのバンドで多くの曲を書く責任を担っている。まずHolopainenが作品についての見方を語り始めた。

Holopainen : 「私の作品には本当に多くの情熱や感情が入っているよ。親しい人に見せる感情よりも多くのものを見せる。成功は作曲に影響しない。そのプロセスは非常にパーソナルで自己的なものだからね。作り上げるのは自分自身の小宇宙だから、外部で何が起ころうなんて全く気にしないんだ。もちろんファンやメディアがどう思うだろうとか、他のメンバーがどう考えるだろうとかフラッシュバックすることもある。でもそんなことを考え始めた瞬間に間違った方向へ進んでしまうんだ。」

Kakko : 「曲作りの時はTuomasほど深くはならない。パーソナルな生活と音楽的な生活と分けたくないしね。その二つを両立させようとしているんだ。Tuomasと一緒だと……個人的な意見だけど、それはもっと……」

Holopainen : 「……私にはパーソナルな生活なんて無いよ(笑)」

Kakko : 「ノー! Tuomasと音楽は常にオン/オフじゃないか。徹底的に入り込んでるか、完全に無縁になるか、どっちかだ。俺は常に音楽と一緒にあるけど、Tuomasほど深くはならないんだ。」

驚くことに、お互いに曲のアイデアをやり取りすることがあるのか問うと、彼らはそれを避けていることを認めるのだった。

Kakko : 「それは危険なことであり、俺にとっては恐ろしいことだ。アイデアは最終的な形にしてから他の人に見せたいんだ。」

Holopainen : 「大体同じだね。びくびくしてしまうよ。私はTonyの曲のファンでいたいし、レコードを聴いて掘り下げてみたい。逆にTonyにも自分のファンであって欲しいんだ」

しばしば語られるHolopainenとKakkoのサイドプロジェクトについて……。

Kakko : 「ああ、それについては“プロジェクト2020”と呼ぶことになるじゃないかと思ってる(笑)それくらいになってしまいそうだからね」

Holopainen : 「2005年の11月、また同じことを訊いてほしい。その頃はツアーも終わってて、その頃も生きていたら答えられると思う」

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